「楽隊のうさぎ」(中沢けい)

子どもたちの時間に浸るための小説

「楽隊のうさぎ」(中沢けい)新潮文庫

引っ込み思案の克久は、
中学入学後、迷いながらも
吹奏楽部に入部する。
花の木中吹奏楽部は
昨年度全国大会で
金賞を受賞した、
練習の厳しい部活動だった。
先輩・友人・教師と接する中で、
克久は次第に
吹奏楽にのめり込んでいく…。

私の次男が小学校4年生のとき、
「ブラスバンド部に入部したい」と
言い出したときに買ったのが本書です。
その次男も今ではもう大学生。
勉強をろくにしなかった次男ですが、
中学生時代、吹奏楽には
それなりに熱中していました。

さて本書ですが、一言で言えば
主人公克久の成長物語です。
でも、小説としては本作品には、
実はいくつかの難点があります。

本作品の難点①
成長の理由が不明である

強烈な出来事が
起きていないにもかかわらず、
主人公・克彦は着実に成長しています。
なぜ?と思う箇所が
いくつかあるのです。
そもそも学校に
なるべくいたくなかったはずなのに、
練習時間の最も長い吹奏楽部に
入った理由が今ひとつ不明瞭です。

本作品の難点②
時間の流れが一様でない

一つの出来事に
かなりの紙面を使ったかと思えば、
次はあっという間に
別の季節に移っています。
知らない間に中学校2年生に進級し、
2度目の大会を迎えているため、
読んでいて違和感を感じます。

本作品の難点③
登場人物の位置づけが不明

登場人物が多すぎると感じます。
そしてその割に、
主人公との関わりが中途半端で、
必然性を感じない人物もいるのです。
吹奏楽部のメンバーは、誰が誰だか、
途中で分からなくなります。
楽器と学年を記したメンバー一覧が
欲しいところです。

本作品の難点④
一つ一つの出来事が解決していない

お父さんは浮気を
していたのかしていなかったのか?
克彦をいじめていたグループは
どうなったのか?
相田がいじめっ子の座から
引きずり下ろされるほど、
この学校は荒れているのか?
いろいろな出来事が解決しないまま
物語は幕を閉じます。

突っ込もうと思えば、
多々突っ込みどころのある作品です。
でも、冷静に考えると、
現実は得てしてこうなのではないかと
思うのです。
私たちは子どもの頃、
決して事件だらけの日常を
過ごしてはいません。
何となく流れる時間の中で
それなりに大人になってきたのです。
密度の濃い時間を
過ごした時期もあれば、
瞬く間に過ぎた季節もあるのです。
決して自分に深く関わる友達だけでは
なかったはずです。
現実世界は、繋がらないことや
完結しないことの連続です。

そうです。本作品は、
筋書きや文章を楽しむのではなく、
子どもたちの時間に
浸るための小説です。
いろいろな登場人物が、
自分の子どもの頃の
彼や彼女と重なってきます。
私たちは人との繋がりを
そうして学んできたのです。

主人公と同じ
中学校1年生の吹奏楽部員と、
現実に疲れてノスタルジックに浸りたい
大人のあなたに薦めたい一冊です。

(2020.4.3)

灘 伏見さんによる写真ACからの写真

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